忍者ブログ

第三渡辺ふれあい文録

おでかけ日記

   

昭和長野隧道 (津市美里町北長野)

(明治長野隧道の続き)

津-上野を結んだ伊賀街道長野峠は明治18年に最初の隧道(明治長野隧道)が開鑿され、その真下に改めて昭和14年に新隧道(昭和長野隧道)が竣功しました。長野峠そのものを2000m近い延長で潜り抜ける新長野トンネル(平成20年竣功)開通までの70年近い期間車道として利用され、旧道化した後閉鎖された状態で残されています。


長野隧道の入口。ここに峠の案内看板が建てられています。


車道としての伊賀街道、三重県道津上野線が一般国道163号として延伸指定されたのが1993年であり、国道としての長野峠は比較的最近になってからのものです。


昭和14年に昭和長野隧道として開削されたことを記念する碑がありました。新設の隧道ですが
「改修」とあります。


新長野トンネル開通後に廃止・封鎖されたコンクリート製の昭和長野隧道。高さ有効3.8mと現代の規格からすれは狭小なものですが、昭和14年という竣功時期からみれば県道路線としては十分すぎるものだったのでしょう。「昭和トンネル」という案内もありました。

(ここまで2011年4月撮影)


改めて訪問した2013年9月。


隧道前の高さ制限を示すゲートは撤去されていましたが、鉄板を組み合わせたフェンスは健在でした。

 
昭和長野隧道の真上に明治長野隧道の坑門が見える位置です。

伊賀街道長野峠の車道は、明治昭和平成と3代の隧道によって津-上野とを結んだ伊賀街道のルートの重要性を示すものでもあります。

2011年4月1日/2013年9月21日訪問

PR

COMMENT

NAME
TITLE
MAIL(非公開)
URL
EMOJI
Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
COMMENT
PASS(コメント編集に必須です)
SECRET
管理人のみ閲覧できます

カレンダー

11 2017/12 01
S M T W T F S
1
3 4 6 7 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31

リンク

twitter

P R

アクセス解析

最新コメント

[01/29 誰かさん]
[07/11 わたなべ]
[07/11 いしぐろ]

最新トラックバック

Copyright ©  -- 第三渡辺ふれあい文録 --  All Rights Reserved
Design by CriCri / Photo by Geralt / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]