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第三渡辺ふれあい文録

おでかけ日記

   

北国街道に沿った消雪パイプ (柏崎市西本町)

先日おこなわれた「かしわざきのまちあるき」イベントで市の中心部、8号の旧道でもある北国街道沿い周辺を散策しています。


旧街道である北国街道。柏崎の町は街道の宿場町であり陣屋町として発展した歴史を持ちます。旧国道でもあり道幅も広い目抜き通りでした。


西へ進むと海側の砂丘上にある小高い場所に柏崎の祇園である八坂神社があります。


その交差点、変則な十字路になっているのですが、この位置で旧北国街道が屈折していました。


現在は「新潟県道369号黒部柏崎線」という一般県道。県道の筋に沿って消雪パイプの敷設も曲げられていました。かつての北国街道のルートの名残とみるべきでしょうか。

2014年10月12日訪問

おまけ・北国街道に関する補足

北国街道はほぼそのまま、明治18年に「明治国道5号」(東京ヨリ新潟港ニ達スル路線)となっています。東京から中山道を通り、追分から善光寺街道・善光寺の門前を通り直江津に至り、柏崎から出雲崎・寺泊・岩室を通って新潟港とを結ぶものでした。ところがその後大正9年には新潟直江津間が一旦国道から「府縣道新潟富山線」に降格しています。(直江津以西富山経由金沢迄は大正国道11号)これは当時の国道が東京と各地方の県庁を結ぶものであったことに由縁しています。大正9年からの東京新潟を結ぶ「大正国道」は、三国峠は不通でしたので善光寺門前から信濃川沿いを下り小千谷へ出るルート(現在の117号に相当)を指定し通っていました。(大正国道10号・東京より秋田県庁)
長岡から曽地峠経由で柏崎という現在の8号に指定されたのは昭和27年で、柏崎市内中心部を通る北国街道の道筋は明治時代に国道になったものの、一旦県道になって再び国道になった(その後旧道化)ようです。


柏崎と長岡方面をむすぶ旧8号曽地峠。明治天皇行幸路として明治期の早々・明治11年に開削された道ですが、国道になったのは昭和27年の一級国道指定後。歴史のある道ですが暫くの間国道ではありませんでした。



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