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第三渡辺ふれあい文録

おでかけ日記

   

源聖寺坂と上町台地 (大阪市天王寺区下寺町)

京都鉄道博物館を後に、阪急-(淡路)-大阪市営地下鉄堺筋線日本橋駅まで移動、適当に東方向へと散策しながら上本町の宿までの移動の際、「源聖寺坂」という場所に出ました。


松屋町筋から寺町である生玉寺町を越え、台地の上を通る谷町筋に出る、上町台地の西際の源聖寺坂。北隣にある源聖寺から名づけられているようです。
この先は石畳の道路ではなく石段になっていました。

大阪の地形については、漠然と生駒山地との間に上町台地という高台が存在するという認識でしたが、偶然にも大阪の地形を代表するような場所を通りかかったようです。

2017年2月17日訪問

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京都鉄道博物館の50系客車 (京都市下京区観喜寺町)

梅小路蒸気機関車庫に設置された京都鉄道博物館。
ここでの個人的な目玉は、機関車庫そばに保存されている50系客車でした。


京都鉄道博物館から蒸気機関車庫へ続く通路からの俯瞰。


その片隅に休憩所として開放されている50系客車。
主に福知山線での運用だったようです。


シートは赤系のものでした。

約10年ほど羽越線でも運用されていたのはこの色ではなく、ブルー系やベージュのモケットであったと記憶しているのですが、通学等で利用した50系客車の名残がそのまま残されている点に、京都鉄道博物館の価値が個人的にあったと思います。

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真岡鐡道のオハ50系客車 (真岡市台町)

久平橋 (新潟市北区新崎) #大正國道10号

大正9年の旧道路法による国道10号線(日本橋-高崎-善光寺-十日町-小千谷-新潟-秋田 現在の17-18-117-17-8-7のルートに相当)の銘が残る橋梁が、新崎の新井郷川に架かる久平橋に現存していました。おそらく新潟県内では唯一のものと思われます。


沼垂より新発田へ続く新発田街道、旧7号(現新潟県道3号)にあります。

 
花崗岩の親柱には久平橋と刻まれています。

 
コンクリート桁橋。欄干には、コンクリートと鋼管製。幅員は6mといったところでしょうか。


もう一方の親柱には「國道十号(号乕)線」と刻まれています。

 
築年がありませんが、おそらく昭和10年前後でしょう。
新崎を含む旧北蒲原郡濁川村周辺の新発田街道改築は、周辺から比べると早かったようです。


昭和初期には、多くの橋梁が永久橋に改築されているのですが、この久平橋のみが現在まで残ったのは、新新バイパスの存在と現在の交通事情にも対応できたことによるのもなのでしょうか。

2017年8月25日現在

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